艶姿 疾風怒涛  (お侍 習作136)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


        





 長い長い大戦が済んでから、もう十年以上は経つというのに。蹂躙されて荒れた土地はなかなか手ごわく、復旧には相当な手間と時間がかかった。その遅れへと拍車をかけたのは、何と言っても 宙ゆく戦艦や空艇の発達により、おざなりにされたそのままな街道の整備。大戦の間はともかく、その戦さが終わっても、町や里、村をそれぞれにつなぐ街道はなかなか整備されないままであり。そもそも、一つの大陸を二分しての戦さのようなものだったため、騒乱が去った後も中枢部の混乱は収拾されず、公共的なものを一括して統括する“政府筋”とやらはなかなか立たず。地域・地方がてんでばらばらに歩き出すしかなかった様相。そんな中、自身の交通手段をきっちりと保有していたのが、軍事物資の移送や保管を担当していたアキンドたちだ。彼らのみが遠隔地へまでもという広域の流通を一手に掌握し、物流の掌握はそのまま、数多の情報を、強いては経済をも独占する立場を彼らへ与え。気がつけば、時代の主役だったはずの軍人や侍たちは、地に落ちたそのまま衰退し。戦時中にまんまと地力をつけていたアキンドたちが、世界を牛耳らんとするまでの繁栄を見せかかっていたのも、時代の流れか。ただ、そのやりようがあまりに酷で凄惨だったがため。我慢ならぬと立ち上がった末端の人々に、案外あっさりと出端を挫かれ。不公平なしの一からやり直しとばかり、仕切り直しの契機となったが、数年ほど前のとある騒動で。

『実はアキンドと結託していた“野伏せり”たちは、だってのに一方的に悪者に仕立てられて。米を目当てに村や里を襲う実行犯だった末端の者らは、用心棒として天主が配置した浪人たちにことごとく打ち減らされてしまい。そんな施策に怒った大将格の紅蜘蛛や雷電らは、洗脳されて最終決戦に駆り出されたものの、直接の抵抗勢力だった手ごわい侍の一団に、そりゃあ見事に刻まれた。』

 …というのが真相なのだが、そこまで知る者で、しかも存命な存在は一握りしかおらず。事情も分からぬまま、頼りにしていた大将がいなくなった末端の野伏せりたちは、連携が命だった組織力を奪われ、あっと言う間に散り散りになってしまい。それぞれが辺境の地に伏せ、細々とその日その日の世過ぎ暮らしを強いられる身にまで堕ちた。いかな鋼の機巧躯を誇っても、それさえ砕く“超振動”を操る凄腕の侍相手では威嚇にもならぬ。そこまでの凄腕が生き残っている天運はまま判るとしても、どういう冗談か、野に放たれた雑魚を追う“賞金稼ぎ”を請け負っているというから、彼らにとっては世も末で。

 「大きな街での用心棒とか、警邏隊を統括するとかよ。」
 「そうそう、そういう仕事に就きゃいいもんを。」

 辺境では大した実入りにもならぬもの。せいぜい自警団や州廻りの役人組織の用意した、僅かばかりの懸賞金しか得られはすまいに。そんな現状なにするものぞと、途轍もない凄腕の賞金稼ぎが暗躍中。たった二人で山ごと砦だった組織を制覇したとか、刀しか得物は持たぬまま、巨大な鮫を切り刻み、人が乗り回す鋼筒
(ヤカン)ほどもあろうヒグマを討ったとか。嘘か真か様々に、読み本になるほどの伝説生んだ、その名も“褐白金紅”という老若の二人連れ。大陸の端の、騒ぎが起きてもなかなか町までは届かぬだろうほど、辺境であればあるほどに。突然現れたそのまんま、血しぶき一つ浴びぬ鮮やかな手際で、その地の野盗や野伏せり勢力、総ざらえにしてゆくというから物凄く。

 「だがまあ、だからこそ こっちが手薄にもなるってもんで。」

 愛機である鋼筒の、昇降口でもある蓋を開け。機体は浮遊させたまま、待機の暇を持て余し、仲間うちで軽口叩いている男らがいる。昼夜を問わず、なかなかの砂嵐が吹き荒れる荒野の外れ。早朝のひとときのみ、凪の時間帯があるのみで、殊に今頃の寒い時節は、その猛威も相当なものだが。そこから少し逸れた渓谷跡には、不思議と風の入り込まぬ一角があり。地形が齎す奇跡の空隙、そこを足場にしてのこと、この数カ月で結構な荒稼ぎをしている一団があり。

 「やっぱ当分は輸送車を狙うのが一番だよな。」
 「ああ。村や里を襲っても、顔を覚えられて手配が回るだけだ。」

 細々とした収穫をむしり取っての食いつなぎ、挙句、追っ手からばっさりやられてちゃあ割が合わない。豊かな物流をおっかなびっくり運んでる一団を襲った方が、機動力も生かせるし実入りもいいと。辺境から追い立てられた格好で、大きな街々のある内陸、人の往来も多い、幹線街道がぎりぎり始まろうという辺りへまで南下して来た、野伏せり一味のうちの数人であるらしく。

 「さすがは虹雅渓への隊商が通る経路だけはある。」
 「まあな。
  だが、そろそろ街の側の関係者が怪しく思い始めるころでもあろうから。」

 交易で豊かになった街。よって、アキンドの世界に吹き荒れた嵐に、ここもまた翻弄されたはずなのだが。街の治安を守る警邏隊が、ずば抜けた団結力で暴動や反乱を押さえ込み。ここまで人口があって、浪人だの流れ者だの雑多な人種も入り交じる街が、だのに ほぼ平穏なままで、混乱もなく繁栄を続けている。今現在の差配は、あの街を大きくした大元のアキンド、綾麿が返り咲いたとも聞いているから。彼が上手に舵を取ってた、一極集中の独裁ではなかった自治力が物を言ったらしいのだが、それ故の…お偉い方に何とかしてもらおうと思う傾向が薄い分、世情の異変はよほどに大きく高まらねば中央や関係組織へ届かぬ、時差のようなものがあるのが難点で。
「西の街に伏せてる連中からの、伝令鳩によりゃあ。今日来る輸送艇には、花祭りとやらに使うっていう、豪華な絹やら宝飾品やら、特別な食材なんていう、高値の商品を満載にしているそうだから。」
 ここでの“仕事”の締めくくりにゃあ丁度いいと、性根のひねこびた男らの顔に、底意地の悪そうな笑みがじわりと浮かび、そこへと岩陰から顔を出したのが、

 【 お前ら、そろそろ時間だぞ。】

 こちらはその身が機巧そのものという、黒づくめの甲足軽という、やはり野伏せり一味の一人であり。

 「太一郎様、庄左衛門様との合流は何刻です?」
 【 昼前の十の刻だ。それまでには方をつけるぞ?】

 頭目格らしい甲足軽の応じへ頷き、

 「さあて、それじゃあお出迎えと行きますかねぇ。」

 野営していた散らかしようもそのままに、それぞれの鋼筒の扉を閉じれば、大ぶりな土管が数機、ふわんふわんと宙へと浮かび。端から順に宙を翔け、朝早くの凪の中、今は静かな荒野へと向かう。黎明の終幕、白いばかりな空へ最初の陽光が目映く差し込み、空の青さがぐんぐんと引き立ってゆく。この時期だと最も冷え込む頃合いだからか、荒野の先の先まで、遥か彼方までもを見通せる大気の透き通りようは見事なほどで。そんな先から小さな土煙の影が見え。砂嵐の前触れか、いやさ、それにしては小さい影だ。搭載されてた照準器の拡大機能を駆使して見やれば、

 「輸送艇だ。」
 「一機だけってのは おかしかねぇか?」

 荷が多いはずだのにいう不審もあるけれど、そも、一機だけでの走行では取り囲まれては全滅にされるからでもあって。護衛の空艇がつくとか、交替要員を載せるとかした別機が、少なくとも一機は併走するのがセオリーだのに。

 【 よもや、別な奇襲に打ち減らされたか?】

 太一郎と呼ばれた甲足軽が、一見しただけでは判りにくいが、いかにも忌々しいといううなり声を上げたのへ、
「そんなっ。」
「俺らの獲物だってのにですかいっ?!」
 泥棒の上前はねようとはなんて奴だと、それこそ勝手な言いようを口々に喚いた一団。

 「畜生っ! あれだけでも押さえにゃあっ!」

 これを最後と定めた務め。これからの軍資金を減らされちゃあたまらんと、鋼筒の1体がまっしぐらという勢いで空艇へ向かい、遅ればせながら、残りのヤカンや甲足軽も後へと続く。さすがは機械仕立ての身、結構な距離があったのをあっと言う間に詰めてしまったが、

 「止まれっ! でないと無理から止めっちまうぞっ!」

 大楯思わす、そりゃあ大きな太刀を蛇腹のような腕へと構え。止まらないならこれで両断しちまうぞと。操縦席があろう辺りの前へと伴走態勢に入った先陣の鋼筒が、だが、次の瞬間、


  ―― 削
(さく)、と。


 両腕左右に遠ざかり、土管のような胴体部は斜めの袈裟がけ、見事な胴斬りにされており。中にいた搭乗者が、立ち姿勢のままぽかんとして宙を舞う。この加速下で剥き身になって放り出されたのだから、ただでは済まないはずではあるが。先に奇襲を仕掛けて来たのだから、自業自得というものだろう。置いてけぼり食い、ぎゃあとの絶叫が後方で立ったが、残りの陣営もそれどころじゃあない。それというのも、走行速度はそのままながら、するするっと開いた操縦席の天蓋の陰から、しなやかな腕が突き出していて。その先に握られた細身の太刀こそが、一番乗りを仕掛けた鋼筒をば刻んだ凶器。ということは、

 「こ、こいつっ。」
 「あんな小さい刀で鋼を斬っただと?!」

 自分たちの得物や、甲足軽が振るうほどもの大掛かりな大太刀ならばいざ知らず。どう見ても生身の、しかも…さしてごつくも筋肉質でもない腕が振るった太刀筋が、たったの一太刀で鋼の機体をああも見事に刻んだということは、

 「貴様っ! さては侍かっ!!」
 「いやさ、賞金稼ぎの“褐白金紅”かっ!」

 口々に叫ぶ声へ、親切にも応じてやる義理はないということか。何とも答えぬまま、されど硬質樹脂の風防の陰からすっくと立っての姿を見せたは。外套を兼ねた真っ赤な長衣紋の腰から下を風に大きく躍らせた、金髪痩躯の若い侍。凍ったような無表情な顔容は、真っ向から叩きつける風の圧にも動じずに。風防の上へと踏み出せば、切れ目の入った裳裾から、こちらもさして屈強には見えぬ、締まった脚がぬうと膝から剥き出され。黒い収斂着にくるまれたのみで、何の装備もないよに見えるが、その足でぐんと踏み出した次の瞬間、

  ―― 風へと躍るは軍旗のような、
      重々しくもたっぷりとした、真っ赤な布のひるがえる様

 黎明の余韻もとうに別れを告げての、鮮烈な朝の陽弾いた、光の流線が一閃し。鋼筒らの視野を叩く。そんな方向を向いてはなかったのにと、思ったときには既に遅く。先程のお仲間と同じような始末、縦に横にと刻まれており。

 「わっ!」
 「ぎゃあっ!」

 数機を相手に取り囲もうという、こちらも結構な頭数の一団だったのだのに。あっと言う間に半分近くが、切り刻まれての散り散りばらばら、荒野のあちこちへ四散させられ、置き去りにされており。残りの鋼筒らはといや、凄まじいまでの冷酷な対処を目の当たりにし、さすがに尻込みし出す者が出やる始末。動きがずんと鈍った部下らに焦れたか、

 【 何を躊躇しておるかっ!】

 業を煮やした甲足軽が、不甲斐ないと怒鳴りつけ。手近な鋼筒をどんと、物騒な若侍の飛び出した方へと押しやれば。破砕した機体を空中の足場にし、そちらからもぐんぐんと近づきかけてた紅胡蝶。そんな不意打ちにも眉ひとつ震わさぬほどの落ち着きようで、胸の前にて交差させたる双刀、ぶんと一息に振り抜くと。障害物をやはり軽々と破砕してしまう凄腕であり。ただ、その振り抜きの太刀捌きにて、今の今は懐ろが空いた。その隙を狙ったものか、黒づくめの甲足軽、大きく振り上げていた大太刀を、金髪の剣豪へ向けて容赦なく叩きつけんとしたけれど。

  ―― ひゅっ・か、と。

 大きな太刀の幅広な刃の真ん中へ、凄まじい重さで叩きつけられた攻勢があり。双刀振り抜いた若いのが、そのまま姿勢を低めて空いた空隙を横薙ぎにして。向背からやはり空艇の甲板を蹴りつけての飛び出した誰かの太刀が、途轍もない重さで振り出され、甲足軽の太刀を拮抗状態へまでと引き留めている。そちらもまた、生身の身体だろう人物で。豊かな蓬髪を背中まで流した、こちらは白い砂防服の壮年であり。がっつり咬み合った刃と刃は、だが、それぞれ目的が異なったがための軋みともない、

 【 …ぬおっ!】

 体格に大きな差異があったにも関わらず、力負けしたのは機巧躯の甲足軽の側。ぐんと押し切った壮年が、その弾みを加勢にし、相手の顔を踏みつけまでして駆け上がって行った先には、誰もいない空があるだけのはず。途轍もない無体をされた甲足軽の太一郎とやら、どこへ行こうという相手なのかと、のけ反りながらも視線を向ければ、肩越しに振り向いた壮年が、その目許を微かに陰らせ、そして。

  ―― 斬っ、と響いた太刀の唸りが

 甲足軽の身を凍らせ、ああという理解を招く。攻め手が失速した連れへの援護にと、ほんの数刻、間合いを稼いだだけのこと。やはり信じ難いまでの身の軽さを生かして、飛び出した空艇の前甲板へ押し戻されるままに着地をし、それと同時、振り抜いた刀をくるり持ち替え、再びの特攻を仕掛けた若いのが繰り出した切っ先が、そりゃあ見事にこちらの胸板裂いており。こうまで凄まじい使い手が、何でまた自分らのような…ちんけな取りこぼしを相手にするのかなぁと。光栄なんだか、それとも悪夢か。光学視野の鏡枠が、じぢっと鈍くうなって光を失い、そのまま他の感応器も機能を止めたので。太一郎という甲足軽は、もはや思考することも叶わぬ身となった。

 「…島田。」

 残りの鋼筒も破砕して、再び空艇の甲板に戻った久蔵が、前方へ放り出されていた連れへと手を伸ばす。とんでもない速度で走行中の空艇だったが、かつてはもっともっと高みの天穹で、斬艦刀を足場に“八艘飛び”なる荒業こなした身の彼らなだけに。この程度の高度と速度の“足場”へ、ひょいと飛び乗ることなぞ造作もないことであるらしい。元の座席に身を収め、速度を緩めて停止にかかる。輸送のための空挺隊は、半時ほど遅れてやって来る手筈となっており、彼らが請け負ったは、そんな輸送部隊の行動を監視していた輩の拘束と、彼らの仲間が待ち受けているとの情報引き出し、そちらの始末もつけること。

 「…っと。」

 最新型の空艇だとかで、ややこしい機能には慣れがなかったが。発進と停止だけが判ればいいさと、やや乱暴な乗り方で先陣のおとりを担ったこたびの務めも、どうやらこれで一段落か。選りにも選って、彼らにも縁の深い虹雅渓に関わりの荷を狙うとは、けしからんにも程があり…じゃあなくて。間がいいのだか悪かったのだか、ちょうど久々の“里帰り”の帰途にあった二人の鼻先にて、虹雅渓への荷を横取りしているだなんていう、許しがたい一味の話を聞いたからにはと。何だか文脈までがおかしくなるほど、看過出来ぬといきり立った誰かさんの、そうは見えぬが ふつふつと滾ってたらしき意欲に引っ張られた格好で。本来ならば、輸送部隊の護衛か、はたまた虹雅渓側の警邏隊辺りが手を打つのに任せりゃあいいものを、微妙に門外漢の自分らがしゃしゃり出て、手を下したという次第。荒野に沿った渓谷跡の岩棚に、機体を寄せての停止させ、襲撃班だろこちらの一団、からげた残骸を眺めやる。鋼筒の搭乗者の中には、息絶えちゃあいないクチもいるようだが。結構な速度で飛行していたところから、無造作に放り出された身。多少なりとも負傷しており、そのまま駆け出せる者はいないから、この上の拘束までは必要なかろう。砂防服の懐ろから小型の電信器を取り出して、後から来る本隊を守る護衛の役人らへ、こちらの結果を報告しかけた勘兵衛だったが、

 「……? 妙な雑音が拾えるな。」
 「…?」

 電信に使われている電波同士が干渉し合うことはない。よって、影響が出ているということは、よほどに大きな鋼か、または希金属
(れあめたる)を含む特別な存在が、かなり間近にあるということ。一味は全て平らげたのに、これらとは別口の機巧体が近くにいるということか。探査の感応広げたと同時、二人がともに感じた何かの気配があって。違えることなく、その方向、自分たちの頭上を見上げたところが、

 「…っ。」

 甲足軽と鋼筒のみの一味と思っていたらば、辺境からこんなところまでを逃げ延びられた、その底力でもあったのだろう最後の一員が、ぬうとその姿を現して見せた。気づけなかったのはあまりの唐突さと、それから…確固たる殺気を感じられなかったからだが。そんなことは単なる言い訳、これで命を落としたとて、無様なことこの上ないだけの話。そんな相手、装甲を濃灰色で塗装した、見間違えようのない“雷電”が、頭上の崖の上からという、思いがけない“至近”から。随分な重みと質量の存在として、こちらを潰さんという勢いにて降って来る。

 「…っ!」

 刻める自信はあったけれど、刀を手放していた勘兵衛が武器なしという間合い。それと気づいた久蔵、だがだが避けるには立ち位置が悪いことも瞬時に把握する。操縦席という窪みにいるのでただの真横へは逃れられないその上、空艇自体も岩壁に沿った窪地に停めてしまっているので、唯一の脱出方向である真上もまた、広角と距離に制限があり。しかも選りにも選ってそちらから落ちて来る相手。これはもう粉砕するしかないかと断じ、南無三っとばかり、真上ではなくの斜めに太刀筋走らせて、そちらへ届けと剣圧放つ。

  ―― しゃこんっ、という

 到底 鋼を叩いた切ったとは思えぬ、涼しくも軽快で硬質な音がして。それから、それを追うように、かかかかかっと小刻みな堅い音が続く。切れ目を入れただけでは意味がないが、そこは この咄嗟に刃に乗せた波動が物を言い。刻んだとはいえまだまだ相当に重たいはずな個々が、火薬によって爆裂破砕でもしたかのように、上方や外側へと飛び散ってゆく。先程庇われたお返しじゃあないけれど、ほんの刹那の遅れを、これで何とか埋め合わせ。逃れられぬなら弾き飛ばすまでとの構えは同じ、勘兵衛もまた腰の得物を抜き放ち。その切っ先へと念じを込めて。斬撃での弾幕を張るかのごとく、降りかかる破砕片を片っ端から排除にかかる。刃からの振動も受けてのこと、彼らに触れる破片は1つとしてないままであったものの、

  ―― ばさっ、と

 そんな落下物に紛れるように、何物かの影がこちらへ降り落ちて来たのへは、さすがにハッとし、刀への握りを変えかけた二人だった。だが、

 「そのまま打ち払い続けて下さいっ!
  それを何とか組み合わせ、残骸の雨に切れ目を作りやしょうっ!」

 覚えのあるお声と共に、ずんと尋ある攻め手が加わる。重くて堅いのが難儀な、胸部の駆動系や頭部が落ちて来る前に、何とかこの厄介な立ち位置から逃れるのが先と。そうと言いたい意図が知れ、降って来るのが一枚板の甲板の破片ばかりという空隙を見極めた勘兵衛、新たに加わった加勢へと、その旨、短い一瞥で伝えれば。

 「…っ。」

 確かに頷いた相手の所作に、あの“承知”との声を聞いた気もして苦笑が洩れる。標準のそれよりも長々延ばせる朱柄の槍にて、その中ほどを握っては回しと自在にぶん回し、飛来物を的確に薙ぎ払う手際の、これまた鮮やかで無駄のないこと。長い得物は、長さの分だけ強靭な拵えにもなっており、それだけ底力がなくては扱えないが。何の何の、片手でも大きな塊をその頭上で弾き返してしまえるほどに、嫋やか美麗な見映えを裏切り、それは頼もしい槍さばきを続ける七郎次だったりする。癒しの里の人らは知りようがないことながら、軍人であった頃の彼は腕と才とを兼ね備えた逸物であり。地図の上にて考察した陣営展開、指示するだけに留まらず、流動的な現場に業を煮やして、自ら飛び出すことも多かった、カミカゼ司令官だった勘兵衛にしてみれば。そんな破天荒な自分へ後れを取らないどころか、周囲の敵味方の展開を素早く拾って的確な対処を図り、時として血路を開く“露払い”までこなしたほどの息の合いよう見せてくれた、それは凄腕の供であったのが懐かしい。

 「久蔵殿、行きますよっ!」

 反対側に立つ、もう一人の相方へ。目線だけにてこちらと指示し、落下物による土砂降りの、その隙間を意を合わせてこじ開ける。いっせぇのと操縦席から飛び出したその直後。重々しい音を轟かせ、新しい丘でも築かんという大量の鋼が降り落ちて来て。借り物の空艇、道連れにと埋めて沈めてしまった大雪崩が立て続き。朝っぱらからの大殺陣に、これでようやく鳧がついたのだった。






     ◇  ◇  ◇



 陽気で気さくで、そのくせ目端が利いて。周到だけれど、その人のためには見過ごした方がよさそうなことなら、多少の苦衷は放っておいての見守り役に徹する。そういう緩急を上手に使いこなす懐ろの深さに、知れば知るほど感嘆してしまうような、本当によく出来たお人だと。面と向かって褒められたりすると、

 『なに、
  昔 この人のためになら何だってしようって思ったほどの、
  不器用なんだか切れ者なんだか、
  どっちともつかない とあるお人に仕えていたってだけの話でさ。』

 そういう形で頑張れてなけりゃあ、今頃とんでもない怠け者の穀潰しでしかなかっただろう。誰かを慕うってのは、そのお人へのご奉仕だけじゃあない、こちらへもとんでもない力をくれたりもするんですよねと。端麗なお顔をほころばせ、懐かしそうに微笑ってそんなことを語った、蛍屋の若主人であり。おや、それじゃあやっぱり、旦那は元は軍人さんだったって噂は本当だったのかいと。カマをかけた側が身を乗り出せば、うふふと笑ってそれ以上は何にも言わない。やっぱり人性の分厚くて深い、そんなお人であったとか。





 最後の最後に現れた雷電は、虹雅渓の出入り口の一つにあたる関所の、びっくりするほど近間に伏せていたらしく。後で判った事だが、今日を最後に別の土地へ、一斉に移動する手筈となっていたが故の配置だったのだとか。

 「そうか、やはり生身の仲間がいたのですね。」

 こんなまで目立つ身では、荷を盗んだところで換金するための手段や伝手がなかろうに。燃料だけを狙うならともかく、どこかで平仄が合わない仕儀だなぁと。追っかけながらも不審を覚えていたとの感慨を、勘兵衛らへと聞かせたそのお人こそ。褐白金紅とは縁
(ゆかり)も深い、金髪長身の槍使い、今は蛍屋の七郎次殿であり。随分とお懐かしい幇間時代の装束まとった、色白の色男が、今はもう単なる鋼の分断物と化した雷電の成れの果てを見やって苦笑をこぼす。
「お二人が関わっておいでだったなら、私なんぞが出て来る話じゃあなかったかな。」
 ほこりと微笑ったお顔や着物には、随分と機械油の黒い汚れが散っており。せっかくの美形が台なしだとの、勘兵衛からも苦笑を誘う。そんな二人の間へ割り込み、ぎゅむと抱きついた人があり、

 「わっ。」

 いやあの、久し振りではありますが。久蔵殿、出来れば刀は収めてくれませんかと。ご本人の温みはともかく、お顔の間際にギラリと光った得物、ついつい恐れたおっ母様へ。しまったいけないとの大急ぎ、得物を背中の鞘へと仕舞い、あらためましてのただいまと、くっつき直した剣豪殿だったりし。こればっかりは当分収まらぬ代物だろと、青年剣士の細い肩越し、苦笑を深め合った元主従だったが、

 「こやつらは やはり、虹雅渓へのちょっかいを出しておったのか?」

 彼らには最後の頼みの綱だったのかも知れぬ、雷電という切り札をまで。あっさり破砕したほどの、恐ろしい相手だとの認識も新たにしたか。荒野に累々と倒れた鋼筒乗りたちも、もはや動きさえしないままな大人しさ。それを指しての尋ねた勘兵衛へ、手ぬぐいでお顔の汚れを拭いつつ、ええと頷いた槍使い殿、

 「ここ数日の、街の市場を全部、開店休業状態に追い込んでくれてましてね。」

 天候気候の影響からなら、こういうことがない訳じゃあない街ではありますが。確かに向こうの町や里からは出たとの知らせ、電信で受けた代物がこうまで届かぬのは不審すぎると、店屋の者らも怪訝に思ってたところでさと。虹雅渓での困った状況を手短に零した彼へと向けて、

 「それにしたって無茶をしたものだの。」
 「いやまあ、こんな大物に真っ先に鉢合わせようとは…。」

 勘兵衛からの視線が多少は鋭いのは、今や家族を持っての静かな暮らしに落ち着いている身だというに、危険なことへ手を出しおってという叱責も含まれていてのこと。そこを突かれるとさすがに手痛いか、頭へ手をやっての、たははと乾いた笑いを零した七郎次であり。とはいえ、

 “肩やら手の先やらと、あちこちが欠けておったは、こやつが斬ったか。”

 大物なればこそ高さだってあろう。そんな相手の肩先までも、さくり切り落とした身ごなしや刃さばきは、昔日の辣腕を少しも錆びさせちゃあいないらしいことを語らずとも伝える。義や仁を知らぬ訳ではないけれど、それでも…刀を抜き、手にした以上は、斬ると決めたら迷わず斬るのが侍と。そうであることをのみ求められた戦場で、自分の相方務めた男だ。そんな気概さえも錆びさせぬままに抱えておるものかと、それを思うと…何とも言えぬ心持ちにもなろうというもの。この男もまた、侍の血に呪われておるものか…。

 「……おっと。向こうから来るのは、どうやらお迎えみたいですね。」

 いや待て、方向から言えば追っての付いて来た本隊ですかね。額の上へと小手かざし、荒野の遥かを見渡した七郎次。もしやせずとも、そういった関係者の到来であるようで、
「部外者がいちゃあ、話がややこしく成りかねませんね。」
 じゃあアタシは先に戻りますと、懐ろへと懐いてた誰かさんの肩を、やさしく剥がしてそうと告げ、

 「蛍屋でお待ちしておりますからね。
  いいですね、ちゃんと寄ってって下さいませ?」

 はんなり笑って二人のお顔を交互に見やり、そんな念を押してから。それではさらばと槍を肩へと担いだ格好で、街の方へと駆け出す彼で。駆け足のほうも健在なままらしいと見送れば、

 「…島田。」

 彼もまた、その後ろ姿を見送りながら、微妙なお声を出した久蔵へ、
「…うむ。」
 何が言いたい彼なのかはさすがに判って。

 「儂らに危ない真似はどうのこうのと言いおるが、
  あやつとて儂らの目の届かぬところで、結構暴れておるのやも知れん。」

 いやですよぉ、正当防衛のちょっとした威嚇どまりなことしかしちゃあいませんて…なんて。本人に訊いても、上手くはぐらかされそうなこと。
「雪乃殿もあれで豪傑だから、微笑って誤魔化されるのがオチだろうよの。」
「…。(頷)」
 それは同感だと頷いた久蔵、

 「…兵庫に。」

 聞きに行くと短く応じて、さて。相変わらずはお互い様の、主従と知己のお久し振りな顔合わせ。ままとりあえず、難がなくって良かったねと。すっかり明けた新しい朝に、それぞれの髪をなぶらせて。春も間近な冴返る空、ふと見上げた壮年殿だったりもするのであった。





  〜Fine〜  09.02.22.〜02.25.


  *ちょっと長めのお話は、久々ではないでしょか。
   賞金稼ぎのお仕事は、大きなものから小さなものまで、
   好き嫌いせずに請け負ってるお二人らしいのですけれど。
   今回はさすがに、やや私情も入っていたような。
   そしてそして、旦那の座に納まり返ってるようで、
   案外とその腕 鈍らせちゃあいないらしいシチさんでして。
   兵庫さんとしても、助かってるとはまさかに言えずで、
   近所にいても遠くにあっても、面倒な連中だと。
   苦虫咬みつぶしたよなお顔を してしまうのでしょかねぇ。
(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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